2.ブエノスアイレス、オーガニックの「いま」を探る

リサーチャー 青木恭子

<ブエノスアイレスのオーガニック>

アルゼンチンは、世界第2位の有機認証農地面積を誇りながら、生産の99%は輸出向け。国内市場は、長らくゼロコンマ以下ミクロの世界に甘んじていたが、この数年、野外マーケット(フェリア)と宅配が成長を牽引しつつあるようだ。NGOと農産業省の共同企画で毎週2回ブエノスアイレス市内で開かれるフェリアは、100%オーガニック、高品質で値段も手頃。宅配でも、起業家精神に溢れた生産者が、種子調達から企画、生産、加工、宅配まで手掛ける有機の垂直統合SPAモデルで、市場を革新しつつある。

ブエノスアイレス市内をめぐり、生産者や推進団体、企業、消費者に会って、現場で「オーガニックのいま」を探った。

 

<量販店(カルフール・ハイパー)>

現地の食生活について知りたいとき、市場、中産階級の厚みがある国であればスーパーマーケットをめぐると、ある程度、俯瞰図を描くことができる。住民が普段食べている物、そのバラエティ、ボリューム、価格帯、原材料、加工度、メーカー、生産地、表示...買い物客の容貌とカートの中身まで含めて、スーパーは食生活に関する情報の宝庫だ。

「オーガニックのいま」を探るにあたって、まず量販店を見て回った。食生活農産業省の有機分野企画調整官・ファクンド・ソリアさんに伺ったところ、量販店での有機の扱いは少なく、ハイパーマーケットには少しあるという答えだった。そこで、中華街の近くのベルグラーノにある、カルフールのハイパー業態店に行ってみた(Belgrano, Av Monroe 1655)。平日の昼間で店内はガラガラ、中華系中小スーパーの賑わいとは対照的だった。

「オーガニック」コーナーは、チアシードやアマランサス、フラックス(亜麻仁)が並ぶスーパーフードの棚だけ。写真上部の葉っぱのマークが、アルゼンチンの有機認証ロゴである。ただこの棚の商品の多くは「ナチュラル」と書かれていて、多くは認証品ではない。

オーガニックは、カルフールのPBのジャムやマテ茶、「Dos Hermanos」ブランドの米飯冷凍食品くらいだった。値段はマテ茶は慣行品の2倍くらい(オーガニック500g60ペソ=420円くらい、慣行は30ペソから)、ジャムは数割増し。有機野菜はまったく見かけない。補足しておくと、アルゼンチンの価格の評価は難しい。2016年のインフレ率は40%超、1998年には1ペソ131円だったのが、2015年は13円、2017年は7円。日本円に置き換えて考えるとき、7円では安すぎ、倍の14円くらいの方が生活実感に近い気がする
不思議なのは、畜産国なのに、常温棚のロングライフ牛乳を買う人が目立つこと。しかも、ここがいちばん立ち寄り客の多いコーナーだった。

一方、ベジタリアン食は日本より豊富で、カルフールではまるまる1つの冷蔵ケースがベジタリアン・ミラネーゼ(カツレツ)専用になっていた。ブエノスアイレス市内の本屋には、ベジタリアン料理の棚ができていたし、レストランでもベジタリアン、ヴィーガン・メニューが普及している。肉食大国にも、菜食文化の波が徐々に浸透しつつあるようだ。

カルフールを一巡して気が付くのは、チーズから牛乳、冷凍食品、チアシード、マテ茶まで、ありとあらゆるカテゴリーの食品で、「Sin TACC」というグルテンフリーのラベルが付いていること。ただし、それ以外には、オーガニックとコーシェル(ユダヤ教の認証ラベル)が点々とあるくらいで、目立った食品ラベルがない。アルゼンチンでは、大豆はほぼ100%、トウモロコシも95%が遺伝子組換品だが、米国のようなNon-GMOラベルや、日本の「遺伝子組み換えでない」に当たる表示は見当たらない。フェアトレードのラベルも、カルフールでは確認できなかった。カルフールは「エクスプレス」というコンビニ風の業態の店舗も展開しているが、ここには有機はほぼない。
ブエノスアイレス市内は、レストランも食料品店も個店が多い。店内で調理加工している。スーパーの加工包装食品のバラエティは、日本ほど細分化されていない。限られた経験での推測だが、市民の日常の食生活は、比較的加工度が低いのかもしれない。日本人は、スーパーの加工包装食品を通じて、食品添加物はもちろん、異性化糖や植物油の形で遺伝子組換品も大量摂取しており、それらには表示はない。

 

図表6  ハイパーマーケットの「オーガニック」コーナー
 認証品は一部だけ。「Sin TACC」(グルテンフリー、右下小麦のデザイン)や「コーシェル」は一般的(右下AKのロゴ) 
写真:Kyoko Aoki

 

図表7 「Dos Hermanos」ブランド(コメ加工食品)
 左の白いパック、葉っぱのロゴがある方が有機

写真:Kyoko Aoki

 

<有機専門店:Bio Market>
Bio Marketは、わりと新しい有機専門店である。レコレータという、公園に囲まれた高級地区(日本庭園もある)の地下鉄駅前にある(Avenida Pueyrredon 2088)。間口一間くらいの小さな店だが、ここに行けば主な生産者のオーガニックが揃っていると聞いた。土曜の夕方に行って見たが、閉まっていたのが残念だった。フェースブックの写真を見ると、プレゼンテーションが優れている(https://www.facebook.com/biomarket.green/)。

 

<街角の八百屋(慣行品)>
ブエノスアイレスの街角には、ブロックごとに八百屋がある。現地の友人によると、こうした八百屋の8~9割方は、ボリビア人またはペルー人が経営している。店員の顔立ちを見ると、確かにそのようだ。生産者価格は安くても、北部からの運送コストや複雑な流通ルートを経た結果、結局店頭価格は上がる。小売としては割と利幅の高い商売という説明だった。
冷蔵設備はなく、店頭にそのまま並べられている。どこの店も、尋常ならぬ情熱できっちりと野菜の山が積まれている。店頭は、八百屋というより教会の祭壇に似ている。野菜は神聖なお供え物なのだ。勝手に手を伸ばすと、怒られそうである。

図表8 街の八百屋(慣行品)
 
写真:Kyoko Aoki

 

<ブエノスアイレス・マーケット:グルメからグルテンフリーまで、大盛況>
ブエノスアイレスでは、市内の随所で、農産物の屋外フェリアが開かれている。その中でも最も大規模なものの一つが、ブエノスアイレス市が関わっている「ブエノスアイレス・マーケット」で、毎週末2日間、週ごとに場所を変えながら開催されている(http://www.buenosairesmarket.com/)。グルメ、マクロビオティック、ヘルシー系のさまざまな生産者、メーカーが100店くらい出店していて、ところどころ、オーガニックの生産者もいる。

私が訪れた週は、Villa Urquizaという広場で開かれていた。客層は多様で、若い男性や年配者もわりに多い。シスターのグループもいた。全粒粉パンやスムージー、チーズ、血糖値の上がらない食品などに人だかりができていた。日系アルゼンチン人のお兄さんがやっているお菓子屋さんもあり、京都から仕入れた抹茶を使い、「アモ・ミ・マッチャ」ブランドで、スイーツを売り出していた。ブエノスアイレス市のブースでは、血圧測定や健康相談が無料でできるようになっていて、人気である。私が行った前の週のマーケットは、初めて「グルテンフリー」をテーマにして開催されたらしい。

このマーケットで、お父さんの代から20年以上、家族経営で有機農業を続けているという生産者(Innocenti-Organicos)のモニカ・イノセンティ(Mónica Innocenti)さんと、マウリシオさんに出会った(www.organicosinnocenti.com.ar)。有機キウイや、フルーツジュース、お茶、煎茶を売っていた。モニカさんの「Purificare」ブランドのメインは有機のキウイで、9個入り1袋45ペソ(320円くらい)、「慣行品より安い」とのこと。有機を来場者に知ってもらうために、ブースでも、有機のロゴと認証機関のロゴを並べて示して、PRに務めていた。

図表9 ブエノスアイレス・マーケット(Villa Urquiza)
写真:Kyoko Aoki

図表10 ブエノスアイレス・マーケット 日系アルゼンチン人のお兄さんが作る抹茶スイーツ
写真:Kyoko Aoki

 

図表11 ブエノスアイレス・マーケット マテ茶にもルテンフリーのSin T.A.C.C (右上)ロゴ
写真:Kyoko Aoki

 

図表12 Innocenti-Organicos モニカ・イノセンティさんと、マウリシオさん
 キウイやお茶を売りながら、有機認証(写真右の右)と認証機関(OIA)のロゴをPRしていた 
写真:Kyoko Aoki

 

<MAPOオーガニック・フェリア(マルシェ):100%オーガニック!>

● NGOが推進、輸出振興から国内市場拡大まで

農産業省と有機農業推進団体のMAPO(Movimiento Argentino para la Producción Orgánica、アルゼンチン有機農業推進運動)が企画し、ブエノスアイレス市政府が協力して、週2回、市内でオーガニック(マルシェ)を開催している。

オーガニック界に顔の聞くPurificareのモニカさんと農産業省のソリアさんから、MAPOのフェリアに行くよう勧められた。ブエノスアイレス市内リバダヴィア公園の会場に着くと、「待ってましたよ」とニコニコ迎え入れてくれたのが、MAPO広報担当のマリオ・デ・カスティージョ・イシムラ(Mario del Castillo Ysimura)さん。モニカさんが、事前に電話を入れてくれていたらしい。マリオさんは、なんと、ペルー出身の日系4世ということだった。京都からの移民のご子孫だそうだ。

MAPOは1995年設立、アルゼンチン唯一のオーガニック推進NGOで、有機生産者、加工業者、流通関係者から消費者まで、様々な立場の個人・団体が参加している(http://www.mapo.org.ar/)。輸出振興でまとまっていて、BioFach Japan やFOODEXにも出展実績がある。

そのMAPOは、いま、国内市場の拡大策に乗り出している。マリオさんから、アルゼンチンでどうやって有機農業を広めていこうとしているのか、フェリアの活動を中心に、話を伺った。

図表13 MAPOのオーガニック&サステナブル・フェリア(リバダヴィア公園)
Foto cortesía de Tallo Verde(写真:Tallo Verde・カルロス・マロさん提供)

 

草の根の普及活動:週2回屋外マーケット開催、来場者は毎年3割増

現在の活動の目標の一つが、「オーガニックを広めるために、農業のイメージを変える」ことだそうだ。

有機の国内市場のデータはないが、マリオさんによると、ここ5年くらい、需要が伸びている手ごたえがある。ただ、有機の意味や、認証について知らない人が多い。そこで、有機農業を、市民に身近なものにするため、「オーガニックのショーウィンドー」を作ろうということで、2014年にMAPOオーガニック・フェリアを始めた。参加しているのは、有機認証取得済の生産者・加工業者・小売業者等のみだそうである。
フェリアは現在、ブエノスアイレス市内3か所で開催している。私が訪問したリバダヴィア公園では、隔週土曜日に開催している。ターゲットは中間層の中間、現在の来場者は5,000人。ブースは25軒くらいだろうか。小ぶりだが、夕方になっても来場者が途絶えない。

パレルモという高級住宅街や感度の高い店舗が集まる地域でも、リバダヴィアと交互に、隔週土曜日に開催している(ホセ・ソブラル広場)。ここは中間層の上~富裕層が多く、来場者は2,000人程度。

もう一つ、ミクロセントロという大統領官邸の近く、アルゼンチン中央銀行の裏手の官庁・金融街でもオーガニック・フェリアを開いていて、こちらは毎週金曜日。中間層、ビジネスマンが中心で、来場者は約1万人。多くは通行人だが、東京でいえば霞が関~虎ノ門のような立地で、有機農産物の露出を高め、認知を上げるために、戦略的・継続的に開いているところがユニークである。BtoBの宣伝効果も狙っているのだろう。
マリオさんの感覚では、フェリアは、2014年の開始以来、毎年、来場者が前年比3割増程度増えているという。アルゼンチン政府もSNSで運動を広めてくれたそうだ。ブエノスアイレス市政府も、積極的に協力している。量販店での扱いもe-コマースもまだまだ限られる中、フェリアの役割は大きく、マリオさん始めMAPOのスタッフは、毎週、フェリアに終日詰めて、市民にオーガニックに触れてもらうため、草の根の努力を続けている。

図表14 有機推進NGO・MAPOの広報担当・マリオ・デル・カスティージョ・イシムラさん(ペルー出身の日系4世)
写真:Kyoko Aoki

 

<広がる有機ブランド>
アルゼンチンでは、生産者のイニシアティブで、新しい有機流通モデルを構築して活躍している企業が出てきている。農産物輸出が盛んなため、マーケットの動きに敏感で、農業でも起業家マインドを備えた生産者を輩出する土壌があるのだろう。

2017年には起業家法が成立し、金融やマッチングなど一連の起業支援策が出ている。NXTP Labsのようなアルゼンチンの有力なアクセレレーターも農業スタートアップの育成プログラムを進めており、南北米大陸をまたいだダイナミックなアグリ・ベンチャーが生まれつつある。有機でも、今後さらに新たな展開が出てくる可能性があるのではないか。そこで、オーガニックブランドの起業家に、話を聞いてみた。彼らもMAPOの会員で、フェリアのコアメンバーである。

●デュルセ・デ・ハルディン(Dulce de Jardin)

デュルセ・デ・ハルディンは、家族経営の果樹園で、ジャム等を製造販売している会社である。創設者で社長のホルヘ・ハイン(Jorge Hein)さんの話では、2001年の経済危機をきっかけに、2haの土地でイチゴなど果樹栽培を始めたそうだ。

ハインさんは60代くらいのドイツ系アルゼンチン人で、元・技術者、奥さんは建築家だった。収入源を増やすつもりで始めたものが、軌道に乗り、今はサンタフェやロザリオなどに展開して、有機のジャムなど加工品を製造している。以前は輸出も手掛けていたそうだ。

●ハウスブロット(Hausbrot)

ハウスブロットは、老舗の有機パンのブランドである(http://www.hausbrot.com/)。全粒粉のしっかりした食事パンを基本に、タルトやエンパナーダ、マフィンなども製造しており、製品ラインはかなり広い。

ハウスブロットは1986年創業で、ブエノスアイレス州のパンパに1,500 haの有機農地を入手し、パン作りを始めた。自社の畑で収穫した小麦を自社工場で挽き、防腐剤等は一切使わずパンを焼き、ブエノスアイレス市と周辺に30以上ある自社店舗で売る。立地を見ると、感度の高い地域に、ブロックごとにドミナント出店しているようだ。パンは認証有機である。

私はストロベリー・タルトを買ってみたが、直径15㎝くらいの大ぶりの全粒粉の生地に、ジャムが敷き詰められ、非常に高品質のパンだった。45ペソ(310円くらい)とプライシングも買える範囲である。日本で有機認証付のパンは、アンデルセンのGREEN BREADなどごく少数で、アイテムも限られる。こうしたしっかりした有機のブランドが、30年以上前からブエノスアイレスにはあったのかと、羨ましく思う。

●タジョ・ベルデ(Tallo Verde)

タジョ・ベルデは、2004年創業、ブエノスアイレスを中心に、急成長を続けている有機生産・宅配企業である(http://www.talloverde.com/)。社名は、緑の新芽という意味。生産者自ら、種子調達~企画~栽培・調達~マーケティング(ネット通販と卸)~物流~消費者への宅配(自社車両)まで、全プロセスを一貫して手掛けている。オーガニック界の製造小売SPA企業である。有機の宅配は1998年頃から存在するが、タジョ・ベルデは、新風を吹き込み、勢いを増しているようだ。

日本では、SPAはメーカーか小売の戦略である。タジョ・ベルデを見ると、生鮮品の分野で、農業者自らのイニシアティブで、ここまで徹底した製造小売ができるのか、と驚かされる。「注文してから収穫」「宅配」「すべて認証有機」という、ハードルの高いバリューを保証し、ブレずに提供している。2012年のインタビューによると、顧客5,000人、そのうち約半数が定期購買ということだった。現在、顧客は7,000人以上になるのではないか。

マリオさんの紹介で、創立者でCEOのカルロス・マロ(Carlos Marro)さんにお話を伺うことができた。40代前後の非常に親切な方で、写真もわざわざ提供していただいた。

マロさんによると、始まりは偶然で、家族の農園で有機栽培をしていたのが非常にうまくいったので、広げていったそうだ。展開に当たっては、米国と欧州の有機の企業の事例をつぶさに調べた。特に、イギリスのボックス・スキームは、入念に研究したそうだ(ボックス・スキームは、週に1回など定期的に、新鮮野菜をミックスした箱を顧客に届けるもの。生産者と消費者の交流を重視した流通手法)。

ターゲットは国内の消費者のみ。注文を受けてから、旬の野菜を収穫し、箱詰めして、即、配達する(宅配)。販売の9割はインターネット経由で、顧客は毎年5%程度増加しているという。最初は生鮮野菜から始めて、果物、アマニなどのシード類や香辛野菜、ハーブ、卵、蜂蜜なども扱うようになった。トマトソース、チーズ、調味料、ジャム、オリーブオイル、バルサミコ酢など、加工品のラインも統一ブランドで順次拡大している。量の必要なジャガイモ、タマネギなどについては、周辺の生産者たちの協力で調達している。

マロさんによると、「いちばんの課題は、量が足りないことだね。特に果実のボリュームが足りない。卸もやっていて販路はあって、余った時の対応は問題ない。とにかく、足りないのが困る」。

販売スタッフの話では、生産部門だけで40~50人、その他、ブエノスアイレス市内に配送や管理を行うオフィスがあるということだった。ホームページによると、畑は55ha。

ネット販売では、「私のタジョ・ボックス」という生鮮品ミックスの箱4種類があり、全20品目から顧客が選択できる。内容はお任せタイプの週配「タジョ・ボックス」は15品目入り470ペソ。

フェリアでの価格は、セロリの大株1つ25ペソ(180円くらい)、アマニ・シード小袋20ペソ、ラディッシュ20個入り15ペソ、タマネギ大玉5~6個入り35ペソ、大粒のオリーブ瓶詰300g入り75ペソと、良心的である。私はラディッシュを買ったが、新鮮で味も歯ごたえも十分で、それが100円ちょっとで出せるのかと驚く(宅配ではもう少し高い)。生産物は、高品質と適切なプライシングの相乗効果で、バリュー感が高い。品物もビジネスも上手い、スマートな企業である。

図表15 Tallo Verdeのブース(MAPO フェリア)

Foto cortesía de Tallo Verde(写真:Tallo Verde・カルロス・マロさん提供)

 

図表16 Tallo Verdeの輸送専用車両
 後部の窓に大きく「100%認証有機」とうたっている
写真:Kyoko Aoki

 

<リンコン・オルガニコ:ラテンアメリカ初のオーガニック専門店>
直接訪れることはできなかったが、アルゼンチンのオーガニック界のパイオニアとして知られる店と指導者についても、最後に触れておきたい。

リンコン・オルガニコ(El Rincón Orgánico)は、ピポ・レノルド(Pipo Lernoud)さんとマリア・カルサーダ(María Calzada)さん夫婦が始めた、ラテンアメリカ初のオーガニック専門店である。全国の生産者をネットワーキングして、1989年には、有機野菜の宅配サービスを始めている。日本のらでぃっしゅぼーやが1988年創業なので、ほぼ同時期に、アルゼンチンでも同じような試みが並行して進みつつあったということになる。宅配の他、オーガニックレストランや、ケータリング、輸出コンサルティングと幅広い事業を手掛けていた。

有名な店だったが、行こうとしたら、残念ながら2017年の6月に閉店してしまっていた。今は輸出とコンサルティング業務のみ行っている。知人に聞くと、価格がかなり高かったとのこと。

<ピポ・レノルドさん IFOAM会議で、有機から遺伝子組換使用を除外>
アルゼンチンの有機を語る上で、絶対に欠かすことのできない存在が、リンコン・オルガニコのピポ・レノルド(Pipo Lernoud)さんである。MAPOの創立メンバーであるとともに、IFOAM(国際有機農業運動連盟)の副会長という有機界の要職を連続して務めた。1970年代のヒッピー文化の洗礼を受けた世代で、アルゼンチンのナショナル・ロックのリーダーであり、詩人であり、アクティビストであり、有機で事業を営む起業家・経営者でもあり、多様な顔を持っている。軍政時代にも、アルゼンチン・ロックのヒット曲の歌詞をいくつも書いており、アルゼンチンのサブカルチャーのスピリットを一身に体現した、生きる伝説的存在である(ピポさんの作詞した曲 Tanguito の”La Princesa Dorada” https://www.youtube.com/watch?v=ss2yKeYqKRY&index=1&list=RDss2yKeYqKRY

ピポさんについては、もう一つ忘れてはならないことがある。1998年にIFOAMの第12回科学会議がアルゼンチンのマル・デル・プラタで開かれた際、「有機農業から、遺伝子組み換え技術の使用を排除する」という方針が明確に打ち出され、環境哲学者のヴァンダナ・シヴァさんらによって署名された。会議のコーディネーターとして、この重要な決定に大きく貢献されたのが、ピポさんである。遺伝子組換を選びたくない人にとって、有機は信頼性の高い選択肢を提供してきた。遺伝子組換品が栽培開始は1996年、その2年後の時点で、こうした決定に導いたピポさんはじめラテンアメリカ人の努力は、もっと知られてしかるべきだと思う。

ピポさんはまた、IFOAM副理事時代、小規模農家にとって第三者認証よりハードルの低い「参加型保証システム」(PGS、Participatory Guarantee Systems)という有機認証方式の普及を呼び掛けた方だとも聞いている。

リンコン・オルガニコができたとき、最初のロゴマークを創ったのが、私の友人のグラフィック・デザイナー、ティト・グラナータさんだった。ティトさんはブエノスアイレス大学のデザイン学科で教鞭をとっていた方で、ピポさんと親しい。3人でコーヒーでも飲もうとおっしゃってくださっていたのだが、私の滞在日程が短く、お会いできなかったのは、かえすがえすも残念だった。

余談になるが、このティトさんの大叔父はマッジさんといい、南米の日系人にとって杉原千畝的な役割を担ってくれた存在らしい。第二次大戦時、日系人は敵性国家の移民として、各地で締め付けが厳しくなっていた。アルゼンチンの沖縄移民一世の方々に尋ねると、溜息とともに「特にペルーは酷かった」という答えが返ってきた(日系人は米国に強制連行された)。マッジさんは入国管理・税関部門で働いており、他の南米諸国から、枢軸国に宣戦布告していなかったアルゼンチンへと逃げてきた日系人の入国を助け、後々まで日系人社会を支援してくださったそうだ。

<オーガニック・ユーザーの声>
私は、フェリアでマリオさんの話を聞きながら、MAPOのブースに座っていたのだが、ひっきりなしに来場者がパンフレットをもらいにきたり、マリオさんに話しかけていく。感覚的にはブース前通行者のうち、20~30人に1人くらいが立ち寄っていく感じで、特に子連れの女性や、シニアの女性の関心が高い。それだけ、オーガニックに関心をもつ、新しいユーザー層の潜在力が高い、ということではないかと思う。フェリアの目的やMAPOについて尋ねたり、ベジタリアン食材や、非遺伝子組み換え食品を探しに来た、という人たちもいた。

アルゼンチンの国内有機市場はまだ萌芽的とはいえ、どんどん伸びていきそうだなという予感がする。オーガニックのヘビーユーザーに、購入動機や購入ブランドなどについて尋ねてみた。

彼は30代の既婚男性で2人の娘がいる。職業は医師、ブエノスアイレス国立大学の医学部出身である(チェ・ゲバラの後輩に当たる)。オーガニックを選び始めた動機は、「家族と自分の健康のため、環境のため」。結婚して独立したのをきっかけに、食材のほとんどはオーガニック素材に切り替え、家で調理しているとのことだった。パンはハウスブロット、野菜はタジョ・ベルデの宅配で買っている。有機はスーパーにはないが、個店では置いている店が増えているという。

彼もまた、ここ数年で、有機を買う人が増えたという実感を持っている。その根拠を聞くと、「世界的な意識の変化に呼応した変化だと思う」という答えだった。「自分たち(オーガニックのユーザー)は、まだほんの小さな小さなマイノリティにすぎないけれども、同調する人たちは増えてきている」と彼は確信していた。

彼の話では、モンサントの農薬に含まれるグリホサートによる死者が出ていて、国内の村全体が汚染されている地域も報告されている。だから、遺伝子組み換え品は避けるということだった。医師の意見として、私はこの言葉を重く受け止めた。グリホサートを含んだ農薬の散布地域周辺には、1,000万人以上が住んでいる。ブエノスアイレス大学医学部の分子胎生学研究所長で、アルゼンチン国家科学技術研究会議(CONICET、日本で言えば学術振興会にあたる)の会長だったアンドレス・カラスコ教授(故人)は、EUの残留レベルより低い濃度のグリホサートでも、脊椎動物の胚に奇形が起こるという研究結果を残している(この研究は、非常な論議を呼んだ)。

 

<終わりに>
単一品目大量生産、化石燃料を使い輸出比率99%以上というアルゼンチンの有機の状況は、オーガニックが掲げる、持続可能性や生物多様性という大原則とは、大きく乖離する形で発展してきた。日本は、有機に限らず、輸入なしでは食生活が成り立たない。対極的な形で、歪な状況にある。それでも、地球の反対側同士、それぞれ異なる状況の中で、個人個人が健康や地球の未来を考え、徐々にオーガニックを選択するようになっている。感性は共振している。オーガニックは世界的な潮流で、後戻りはしないだろう。

 

【謝辞】この原稿の取材に関しては、惜しみない協力をいただいたアルゼンチンの皆さんに、感謝します。
Agradecimientos: Este articulo no hubiera sido posible sin apoyos que me han dado una serie de personas y amigos argentinos. En especial, quiero expresar mi más sincero agradecimiento a Facundo Soria (Ministerio de Agroindustria), Mario del Castillo Ysimura (MAPO), Carlos Marro (Tallo Verde), Monica Innocenti (Innocenti-Orgánicos), Jorge Hein (Dulce de Jardín), Tito Granata y Pablo Stefano. Gracias de corazón!

青木 恭子

執筆者:青木 恭子

リサーチャー。英国、ラテンアメリカを経て、現在、東京在住。 農業関連ではオーガニック関連の調査(マーケティング、法政大学)や、花の環境認証MPSジャパンのプロジェクトに関わっている。 石見(島根)に畑と山あり。子供時代からベジタリアン、週の半分はヴィーガン。