1.99%輸出の「オーガニック・モノカルチャー」を超えて
リサーチャー 青木恭子
<遺伝子組換品大国:大豆とコットンは100%>
● 「アルゼンチンは、人口の10倍、4億人分の食料を生産できる」(マクリ大統領)
アルゼンチンは、2001年末に債務不履行に陥り、昨年やっと、世界経済に正式復帰を果たした。2015年末に政権交代して、ポピュリズムから新自由主義に舵を切った。
日本から見ると縁遠い国だが、資源価格の低迷と隣国ブラジルの混乱が続く中、アルゼンチンにとっては、アジアは経済的パートナーとして重要性を増しており、この5月には、マクリ大統領率いる経済代表団が中国と日本を歴訪している。
来日の折、私もマクリ大統領の講演に行った。「我々は、もっと働き、生産する、発展する、進歩する。信じてほしい」、「アルゼンチンは、世界のスーパーマーケット」と、アゲアゲムードだった(アルゼンチン外務省、ジェトロ他主催・日亜経済フォーラム)。前政権との違いを強調するという意味もある。
農業政策については、「アルゼンチンの人口は4,000万人、その10倍、4億人の食物生産が可能。耕作可能地は世界4位、水資源はラテンアメリカで最大、付加価値のある農産物を、どんどんアジアに売っていきたい」(ブルジャイレ農産業大臣)。さらに、農産物輸出インフラ強化のため、今後4年間で、これまでの75年間分と同じインフラ整備をする、道路の量は2倍にする(ディエトリッチ運輸大臣)らしい。
日本の「農林水産業骨太方針」も輸出促進が軸なので、農政の方向性として、アルゼンチンは(食料自給を確保したうえでの輸出なので性質は異なるのだが)ある意味、日本の「先輩」である。骨太方針説明には、農薬をもっと効率的に供給できる構造にしようという条項があり、農業の環境負荷については主要アジェンダから外れている点でも、アルゼンチンと日本は意外と近い。
図表1 アルゼンチン共和国マウリシオ・マクリ大統領(左)、リカルド・ブルジャイレ農産業大臣(右)
日本・アルゼンチン経済フォーラム(2017年5月19日) 写真:Kyoko Aoki
●大規模・輸出志向農業
アルゼンチンの農業は、米国やブラジルに匹敵する大規模輸出志向産業で、広大な土地で単一品目を栽培している。以前、バスでアルゼンチン各地を回ったことがある。何時間走っても、地平線いっぱい見渡す限りのひまわり畑(油糧用)。無数の一つ目の花々が夜明けとともに太陽を見据えて頭をもたげる様は、美しくもあり不気味でもあった。
国土の約5割は農用地面積(7割は採草・放牧地)、大豆、ひまわりの種では世界第3位の生産国(FAO(国連食糧農業機関))である。農林水産業はGDPの7%(2014年、日本は1%)を占め、輸出のうち穀物・油糧種子が2割強、農産物加工品(大豆ミールなど)が4割強を占める。大豆関連品の多くは、中国、インドに輸出されている。アルゼンチンは農畜産物の輸出税や穀物の輸出許可制度をしいていたが、政権交代後、これらは撤廃・減免された。
●遺伝子組換品大国:大豆、コットンはほぼ100%
アルゼンチンでは、1996 年に遺伝子組換品の商業栽培が始まり、2010年頃には、大豆とコットンで、総栽培面積に占める遺伝子組換品の割合がほぼ100%に達している(アルゼンチンのバイテク普及機関ArgenBio発表)。2016年現在、トウモロコシ栽培でも95%は遺伝子組換品である。図表(アルゼンチンにおける収穫面積の変化と遺伝子組換品シェア、農薬使用量の推移)に示すように、大豆では1996年から2014年までの間に、収穫面積は3倍以上に増大している。農薬使用量は全作物に対するもので参考値だが、同じ期間に3.8~5倍に増えている。
ブルジャイレ農産業大臣が不耕起栽培の普及に言及していたが、アルゼンチンでいう不耕起は、遺伝子組換品と対をなす技術である。日本でイメージされるような、有機栽培の技術ではない。南米では、遺伝子組換品は不耕起で栽培できるので、モノカルチャーによる土壌侵食を防ぐ、環境に優しい技術という触れ込みになっている。
グリホサート系の農薬(耐性を持つ遺伝子組換品とセットで使用される)散布地域の医療関係者ネットワークRed de Médicos de Pueblos Fumigados(RMPF)の発表によると、この農薬は、国土のうち2,800万ヘクタールに散布されているという。空中散布も含む。散布地域周辺の人口は1,200万人。
同じラテンアメリカでも、メキシコはトウモロコシの原産地(ロシアの植物学者ヴァヴィロフのいう遺伝子の「多様性の中心」)であり、伝統があり在来種が豊富で、遺伝子組換品への国民の抵抗感が強い。トウモロコシでの組換品栽培は停止中。2015年秋、私はメキシコにいて、その頃、大豆についても最高裁で先住民の許可を得ない栽培が禁じられ、話題になっていた。
一方、アルゼンチンでは、先住民は抹殺されるか、絶滅してしまい、残された広大な土地に欧州移民が定着した。ボリビアに近い北部ではコカが栽培され土着文化が残るが、全体的に農産物も食文化も欧風である。アニメ「母を訪ねて三千里」のマルコのお母さんのようなイタリアからの新しい経済移民も多く、主食は圧倒的に小麦。大豆は人間の食物ではない。こうした土壌で、遺伝子組換品は短期間に燎原の火のように広がった。
図表2 アルゼンチンにおける収穫面積の変化と遺伝子組換品シェア(大豆、トウモロコシ)
農薬使用量の推移
<アルゼンチンの有機農業>
遺伝子組換品大国であるアルゼンチンは、同時に知られざる「有機大国」でもある。日本ではアルゼンチン、特に有機についての情報は少ないので、ブエノスアイレス訪問をきっかけに、調べてみた。
アルゼンチンでは、農産業省の有機生産部門企画調整官であるファクンド・ソリア(Facundo Soria)さんにお会いした。ソリアさんは、オーガニック担当者として10年以上のキャリアがあり、有機の普及活動や、統計整備などに携わってこられた、現場の第一線のエキスパートである。最新データを下さったうえ、細かい質問にも丁寧に答えていただいた。
ソリアさんはじめ有機関係者の話を伺ううち、アルゼンチンの有機について、いくつかの特徴が浮かび上がってきた。
①有機認証面積の点では世界第2位の有機大国
②生産量の98.7%は海外向けで、圧倒的に輸出志向産業
③そのため認証枠組みが早くから整備され、官民、認証機関などの連携が強い
④広大な放牧地があるにもかかわらず、畜産・酪農品の有機が貧弱
⑤国内市場は小さく統計もないが、ここ5~6年成長中、特にマルシェと宅配が伸びている
図表3 アルゼンチン農産業省の有機生産部門企画調整官、ファクンド・ソリアさん
写真:Kyoko Aoki
①世界第2位の広大な有機農地
アルゼンチンは、遺伝子組み換え品大国である半面、有機認証農地は、300万haにのぼり日本の300倍、オーストラリア(1,200万ha)に次いで世界第2位である。全農地の2.1%が有機(FiBL、2015)だが、牧草地が大半を占める。養蜂を除く牧畜用の有機認証農地は2009年の365万haがピークで、2016年現在262万ha、7年で100万haも減っている(以下、主として農産業省統計および衛生・食品品質庁(SENASA)”Situación de la Producción Orgánica en la Argentina durante el año 2016”を参照した)。
野生植物を除く栽培品の収穫面積は、8.4万ha(2016)とぐっと小さいが、それでも2016年は過去最高だった。
図表4 アルゼンチン 有機農産物収穫面積の推移(認証農地)
②生産量の99%は輸出:米国向けが過半数、日本は第4位の輸出先
● 99%以上輸出
アルゼンチンの有機認証品生産量のうち、実に98.7%が輸出用である(SENASA、2017、以下同)。2016年には17万トン以上が輸出され、前年比8%伸びている。2007年以来、年平均4%の割合で増えている。
ところで、注意書きを見ると、統計は「アルゼンチンの」認証有機の数値だと書いてある。別の数字があるのか?ソリアさんに、「統計に含まれない有機生産は、どれくらいの規模ですか?」と尋ねてみた。「政府統計の30~40%相当分あるでしょう」という答えが返ってきた。米国のUSDA有機認証だけ取っている生産者が相当数存在し、実際の有機認証品生産量は、政府統計値の3~4割増しになるというわけである。この統計外認証品も入れると、輸出は結局99%以上、ということになるだろう。認証を取らない実質有機もあるのだろうが、国内需要そのものが小さく、このあたりはまったくわからない。
● 少品目集中生産
輸出品目としては、洋ナシ(ピュレも含む)、リンゴ、大豆及びその加工品、サトウキビ、小麦、ワインなどが主である。植物性の有機農産物は輸出量ベースで8%伸びた一方、動物性産品は5割近くも減少している。畜産品は羊毛やハチミツが多かった。20年以上前のことだが、アパレルのベネトン・イタリアファミリーが、羊肉と羊毛生産用に、アルゼンチンのパタゴニアの土地60万haを購入し、有機認証を受けた(FiBL、2008)。ベネトンは、アルゼンチンの大地主というわけである。現在、羊毛の輸出は落ちている。
日本の有機生産者の間では、細かい作付計画を立て、多品目生産が広く行われているが、アルゼンチンの場合、穀類ではブエノスアイレス州が76%、油糧種子でも同州が46%、野菜・果樹類は57%がメンドーサ州(ワインとオリーブで有名)、果物は52%がリオ・ネグロ州と、地域ごとに集中的に特定品目が生産されている。有機は、地域の食生活を満たす目的で生産されているわけではない。慣行農業よりはるかにスケールダウンした形ではあるが、少品目大量生産、極端な場合、オーガニックでも単一栽培的な生産様式が入れ子構造で再現されているようにみえる。オーガニック・モノカルチャー、私にはこれは形容矛盾と映る。
アルゼンチンは生活・文化水準が高く、デザインや芸術も非常に洗練されている。中間層にはまだまだ厚みがある。しかし、有機に関しては高付加価値品と位置づけ、ほぼすべてを遠い欧米に輸出という、極端にいびつで、途上国型、もっと言えば植民地経済的な構造になっている。少なくとも、輸出向けに有機栽培し、その分は農薬汚染が防げたことには意味があるのだろう。しかし、これが本来的な意味で持続可能な農業、つまり「有機農業」の形と言えかどうか。複雑な思いがする。
● 輸出先は米国、EU、日本へはチアシードやワイン
仕向地は米国が53%と過半数を占め、特に油糧種子が伸びている。もともとの主要輸出先であったEU向けはずっと減少が続き、構成比は28%に低下している。砂糖とワインは伸びているが、リンゴなど一次産品は減っている。
輸出先第4位は、意外にも日本で(3位はスイス)、輸出先国としてのシェアはわずか0.5%(重量ベース)であるにもかかわらず、それなりに注目されている。アルゼンチン認証機関によると、チアシード、ニンニク、ワイン、サトウキビ、オリーブ油、モスト(ブドウ濃縮液)など、トータルで85トン分の有機農産物がアルゼンチンから輸入されているようだ。
図表5 有機農産物輸出量の推移
③認証の枠組みの整備と強いネットワーク
● 1992年から制度整備
輸出は当初EUが多く、1991年にEU有機農業規則が制定されると、アルゼンチンは、すぐに対応する国内制度を整備し、1992年には植物性有機食品、翌1993年には動物性有機食品に関する決議が採択されている。その後、1999年には、有機食品等生産法が制定され、有機に関する法制度が一通り整えられた。日本の有機JAS制度は2001年施行なので、アルゼンチンの方がずっと先んじている。
アルゼンチンの有機認証制度は、EU、米国、豪州などと並び、日本の有機JAS制度と同等と認められており、日本の有機食品の原材料としても使用可能になっている。実際、日本では、アルゼンチンから原材料を輸入し、日本で加工した黒ニンニクなどが売られている。
● 緊密なネットワーク
農産業省や企業、NGO(MAPO、MovimientoArgentino para la ProducciónOrgánica、アルゼンチン有機農業推進運動=後述)、認証機関の人たちの話を聞くと、地方政府も含め、官民の主要プレイヤーの連携が緊密であるという印象を受ける。1999年には、現在の農産業省のコーディネートで「有機生産評議委員会」が立ち上げられた。この委員会では、「オーガニック戦略プラン」を策定し、ビジョン、ミッション、戦略、目標、政策提言をとりまとめ、行動計画を立てている。日本では、2006年に有機農業推進法が成立し、2016年には、農水省と民間・大学(法政)が連携してNOAFという有機推進ネットワークが生まれたが、アルゼンチンにははるか以前から、こうした枠組みがある。
農産業省とMAPOは、国内市場のベースの拡大が必要との認識から、有機認証品の青空市を週2回開いている。並行して、共同で「Orgánicos Hoy」キャンペーンを展開している。(http://organicoargentina.magyp.gob.ar/index.php)日本で小売などが有機のキャンペーンを行う場合、「安全・安心」を強調しがちだが、「Orgánicos Hoy」では、土壌の健康や明日の環境のためというメッセージを、統一的に打ち出しており、わかりやすい。企業も同じで、主な企業のサイトを見る限り、有機=持続可能性。安全・安心を直接の訴求点にしていない。
④酪農・畜産品が少ない(現地食生活との乖離)
アルゼンチンの食生活は、肉と小麦(+マテ茶)が中心で、国民1人当たり年間肉消費量は110kg と、日本の4倍近い。有機認証面積のほとんども、放牧地である。にもかかわらず、こと有機となると、チーズや卵は少量あるが、肉や牛乳では皆無に近く、日常の食生活と乖離している。
実際には、2006年までは有機の肉もあり、海外市場も増えていた。ところが、牛肉は国民の基幹食品であるがゆえに政府統制の対象であり、2006年には国内価格維持のため、慣行・有機ともに輸出禁止措置が取られた。輸出はその後再開されたものの、従来の顧客は、競合するウルグアイやブラジルの生産者に取られてしまっていた。ただ、潜在的にアルゼンチンの牛肉は競争力が高く、国内市場も生まれつつあり、ソリアさんの見立てでは、有機牛肉は既に増加の兆候が見え始めているという。
ブエノスアイレス周辺の地域には、パンパという草原地帯が広がる。ここは牧畜も盛んだが、土地利用の点で、大豆や穀物、油糧種子の生産と競合する。試算では、面積当たりの収益性(ドル換算)は、肉牛1に対し、大豆は2.4倍、小麦2.7倍、ひまわりでは3.7倍にのぼる(SENASA)。牧畜は、大豆生産への転換に押される形で、粗放型から飼育施設で穀物肥育を行うフィードロット型への移行が進んでいる。
アルゼンチンの牛肉は、柔らかい仔牛肉の評価が特に高い(私はベジタリアンなので、どうしても、「ドナドナ」の「かわいい子牛、売られてゆくよ~、悲しそうな瞳で見ているよ~」というフレーズを思い出してしまう…)。仔牛のフィードロット飼育が普及し、競争力も強い。こうしてまた、穀物需要が高まり、牧草地が減り…という循環になるのだろう。牛肉生産に関しては、アルゼンチンは、今後、資本集約度の高い慣行牧畜と並行して、有機牧畜が徐々に伸びる方向に進むのかもしれない。
⑤国内市場は小さいが、この5~6年で関心が高まる
ソリアさんやMAPOの広報担当者に尋ねてみたが、アルゼンチンには有機認証農地面積や生産・輸出量の統計はあるが、市場に関するデータはないという答えだった。
とはいえ、有機農業の関係者、消費者は、一様に、ここ5~6年で有機は急速に国内で広がっているという意見で一致していた。世界的な潮流を反映した変化らしい。販路としては、屋外マーケットと宅配、独立系チェーンが伸びている。MAPOと農産業省、ブエノスアイレス市が共同で開催している有機の屋外マーケットは、年々来場者が増えている。量販店での販売は弱い。
店頭やマーケットの様子については、次回、レポートする。
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執筆者:青木 恭子 リサーチャー。英国、ラテンアメリカを経て、現在、東京在住。 農業関連ではオーガニック関連の調査(マーケティング、法政大学)や、花の環境認証MPSジャパンのプロジェクトに関わっている。 石見(島根)に畑と山あり。子供時代からベジタリアン、週の半分はヴィーガン。 |