苔で中山間地再生~島根県江津市「52(ごうつ)KOKE」プロジェクト

リサーチャー 青木恭子

今、静かな苔ブームが広がりつつある。苔玉やテラリウムのように身近なインテリアとして、また壁面・屋上緑化の普及で都会のオフィス街で、あるいは公共施設のアート・インスタレーションやアクアリウムとして、苔のプレゼンスがじわじわと高まっている。
 
苔の栽培技術の研究が進み、安定生産が可能になってきたため、日本各地で山間地の再生手段として、苔栽培専業農家が生まれつつある。全国に先駆け苔で町おこしを進めているのが、島根県江津市の「52(ごうつ)KOKE」プロジェクトだ。
 
●島根県江津市
島根県江津市は、日本海に面した石見地方の小都市である。山陰で最も人口が少ない。この辺りの街は、石州瓦という明るい煉瓦色の瓦屋根の民家が点在し、海沿いも山中も独特の柔らかに鄙びた風景が広がる。江津はJR山陰本線と三江線の合流点である。石見の山陰本線は電化されておらず、本線とはいいながら単線。三江線は中国山地を縦断し、広島県三次と島根県江津を結ぶ路線だが、これも単線で、山際ギリギリに走り、木々の枝が屋根や窓を打つバリバリという音を響かせながら進む。2018年に廃線が決まっている。


 写真 中国山地  広島県三次と島根県江津を結ぶ三江線沿線

 
●「52KOKE PROJECT」
江津の「52KOKE PROJECT」は、2012年頃スタートした。当時、ドクターリセラという大阪のナチュラル化粧品会社が江津にオフィスを開設し、専属社員を送り込んで苔の栽培に乗り出していた。これに市が注目し、新たな農業としての可能性に賭けて、苔産業での町おこしプロジェクトが発足した。
 
ドクターリセラの資本と人材が入り、地元の森林組合や建材会社、農家、異業種から転身した新規就農の苔生産者が参加して、「52KOKE PROJECT」が立ち上げられた。市も関与している。ドクターリセラは、社長の奥迫哲也氏が江津出身ということで、現地に「里山再生係」を置いてプロジェクトのハブとなっているようだ。
 
苔は栽培と山採りの2種類。栽培の技術指導には、苔の量産法の開発・指導者として知られる、日本苔技術協会(JMTA)の北川義一さんがあたった。休耕田を利用して苔畑を作り、パレットを並べて育てる。江津市の森林組合が協力し、品質管理している。
 
江津市農林水産課の農業振興係長、山本国義さんによると、メンバーは現在20人あまり。苔の販売先はB2Bが主で、造園関係業者への販売が取引の8割を占めるという。小売も視野に入れており、すでに東急ハンズ広島店や、期間限定で首都圏のハンズでも販売されている。
 
江津の苔は、品質の高さが評価され、アクアリウムやランドスケープ・アーティストの作品にも採用されるようになった。なかでも、「英国チェルシーフラワーショー」で3年連続金メダルを受けた世界的庭園デザイナーの石原和幸氏とは、苔デザインでコラボ作品まで発表している。アーティストによる起用で、「52KOKE PROJECT」の苔はステータスを上げた。
 
苔プロジェクトには、専属プロデューサーがいる。広告業界出身で、香醋の「やずや」のマーケティングに携わってきた外山茂吉氏が専属で事業統括している。江津の「52KOKE PROJECT」が統一感ある形でブランディングされていて、一つの世界観を演出する「指揮者」の意思が感じられる。


 
写真 島根県の形、苔玉の置いてあるところが江津市の位置 木目が美しい(「52 KOKE PROJECT」 IFEX2017 幕張メッセ=以下同)
 
●IFEX(国際フラワー&プランツEXPO)ブース
日本国内最大の花・植物エキスポIFEXでの「52KOKE PROJECT」のブースは、人波が絶えない(2017年10月11~13日、幕張メッセ)。大阪のデザイナーによる精緻な苔のミニガーデンが目を引く。流木に苔をあしらったオブジェも、さり気ない野趣が心地よい。

写真 水槽内の苔ミニガーデン

 
正面のミニガーデンの苔を生産している、日興建材の吉田傑さんが、「これは浜ゴケ、ここはシノブゴケ、向こうがオオシラガゴケ、ホウオウゴケ、これがマゴケで、こっちがチョウチンゴケ….」と、一つ一つの苔の名前を教えてくれる。建材会社ながら、プロジェクトのメンバーで、グリーンデザイン事業部という苔専門部署があり、吉田さんはここで苔栽培に取り組んでもう3年目だそうだ。

写真 ミニガーデン細部 ハイゴケ  目を凝らすと、シルキーな光沢を帯びた組紐状の葉が伸びているのがわかる

写真 ミニガーデン細部 植え込みが細かい

市の農林水産課の山本さんによると、ブースのデザインやレイアウトは、すべて地元のデザイナーとスタッフで手掛けたもの。柿の木を主体とする什器は、すべて江津の地元産で、江津から持ち込んだという。

写真 IFEXのブース(幕張メッセ) 什器、木材もすべて江津産、地元のデザイナーによる

苔テラリウムも、たくさん置いてあった。テラリウムというのは、ガラス容器の中に土や砂を敷き、苔や多肉植物などのグリーンを楽しむミニ・インドアガーデンである。好きなオブジェやフィギュアを入れて、気軽に自分だけの世界をDIYすることもできるので、人気がある。ブースのテラリウムは東急ハンズに置かれている市販品の見本で、やや大きめ、価格帯は3000~4000円前後。


 写真 苔の流木埋め込みインテリア(左)、苔テラリウム(右)

 
●苔玉の購入経験者は11.7%
花の消費がここ7~8年低下を続けているのに対し、プラント類はマイナーに見えても、意外に市場があるようだ。花きの環境認証機関であるMPSジャパンの調査によると(筆者が担当している)、苔玉の購入経験率は、11.7%にのぼる。ここでいう購入経験率とは、「最近1年間の購入」者と過去の購入経験者(「この1年間では購入していない」)を合計したものである。
 
購入経験率は、観葉植物は44%と高いが、それ以外にサボテンなど多肉植物36.5%、盆栽11.7%、エアープランツ15.6%、そして食虫植物でも10.6%と、どれも2桁に届く。
 
「52KOKE PROJECT」が出ていたIFEX自体、2017年に、「花」の展示会から「フラワー&プランツ」エキスポに変わり、植物の出展が増えた。ほんの数年前まで、IFEXは大手の花苗や、南米各国のカーネーション、バラで溢れ、色の洪水で華やかさを競っていたのに、隔世の感がある。ともあれ、時代は全体として「プラント」、「ボタニカル」の方向に振れてきている。


 
苔は、農薬や化学肥料を必要としない。自然体でオーガニックである。庭に風趣を添え、都会のビルの壁面で街に潤いを与え、マンションの中にも小さなオアシス空間を作り出す。中山間地や耕作放棄地で育てられた苔が、人々に癒しを与えながら、農業者の生活や農村をも潤す。「52KOKE PROJECT」の活躍は、苔をめぐる循環的なエコロジー・エコノミーの可能性を感じさせてくれる。

(了)

  画像はすべて著者撮影

 

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青木 恭子

執筆者:青木 恭子

リサーチャー。英国、ラテンアメリカを経て、現在、東京在住。 農業関連ではオーガニック関連の調査(マーケティング、法政大学)や、花の環境認証MPSジャパンのプロジェクトに関わっている。 石見(島根)に畑と山あり。子供時代からベジタリアン、週の半分はヴィーガン。

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