ヨーロッパで人と動物の関係の見直しの大きなきっかけとなったのは、1990年代に深刻化した牛海綿状脳症(BSE)の問題。BSE は、本来は草食動物である牛に動物性の肉骨粉を飼料として与えたことによって発生しました(参考:吉田央「感染症大流行時代の人と動物の関係」)。BSEは、日本でも2001年に36頭の牛の感染が確認されましたが、2009年を最後に確認されていないと報告されています。
北海道中標津町の養老という地で、2002年から酪農を始め、一年中屋外で飼育する完全放牧を実践してきた「山本牧場」。2005年には農薬一切やめ、2008年に化学肥料から有機肥料へ、2010年までに牧草はすべて有機肥料に変え、配合飼料ゼロを実現し完全なグラスフェドミルクへ。2021年「養老牛放牧牛乳(WILD MILK)」は有機JAS認証を取得しました。
牛たちと自然環境に順応してつくられる「養老牛放牧牛乳(WILD MILK)」について、酪農部運営責任者/代表取締役の山本照二(やまもと てるじ)さんにお話しをうかがいました。
完全放牧のグラスフェッド、自然繁殖までの道のり
標津岳を望む牧場
流通業界に12年間関わっていた山本さんが、一次産業にリスペクトを感じて家族で中標津町に移住したのは、1999年のこと。北海道の大学を卒業し、中標津町にバイクで訪れていた経験もあったそう。
「いつか中標津町に住みたいなと思っていました。それまでの仕事じゃなくて、つくり手になりたいという思いもありました。北海道でつくり手を目指すんだったら酪農しかなかったんです」
酪農王国と言われる北海道。独立行政法人家畜改良センターによれば、道内の牛の飼養頭数で中標津は5位にランクインしています。
「町役場に研修牧場を紹介していただき、研修を終えて新規就農する頃にBSEが社会問題になっていて、酪農が世間からたたかれていました。酪農を変えなくてはいけないタイミングだったんですね」
“厳しい環境で自由に育てる”ことで、牛が獲得する生命力は経営に必ずプラスになるという判断もあったそう。牛舎内で飼うことによってかかる経費を払う余裕も無かったという事情もありました。
牛は、一年を通じ昼夜を問わず屋外で飼育されています
-30℃ 近い、北海道の冬を屋外で飼うという方式を採用
極寒の北海道で一年中屋外飼育する完全放牧を実践していきます。そして、減農薬、減化学肥料、減配合飼料を目指すことに。
「今では、極寒の冬には、猛吹雪の中で牛たちはえさ場の隅でひとかたまりになって夜をやり過ごしています。夏場の台風では、広大な放牧地で強烈な風雨を受けながらも、牛たちは黙々と草を食んでいます」
手探りでスタートした中で、一番大変だったことをうかがいました。
「1年目のことですが、牛にとって負担が大きかった。45頭の牛を飼いましたが死なせてしまって…。自分を信じて『これでできる!』と思っていたので、本当にショックでした。完全放牧で、1年中牛たちを外で放し飼いにして、いきなりそんな環境に飛び込ませてしまって…」
生きものと向き合うこと、生死と向き合うことは、過酷な面もあります。
「体重が一気に15kgぐらい落ちてしまってきつかったですね。2年目からは、時間をかけて様子を見ながらやろうと決めました。牛たちも少しずつ慣れてくれました」
さらに自然繫殖へと挑戦を続けます。
「酪農の現場では、冷凍精液を使った人工授精がほぼ100%行われています。自然交配は、発情し狂暴化した雄牛による人間への攻撃で命を落とすこともあり、ほとんど行われなくなったんです。人工授精から自然繁殖へ移行させる可能性を探り続けました。自家産の雄の子を他の雌牛と小さい時から共同飼育させ、より穏やかに育てることで安全性を確保しながら、2016年から自然繁殖へと切り替えていきました」
母牛と子牛を離さずに育てる「親子共同飼育」なので牛たちは幸せそうです。今では “日本一頑丈な牛たち”と誇れるまでになったと言います。豊かになった大地の牧草は、8年かけてオーガニックに変わりました。
夏の牧草地
グラスフェッドは牧草のみで育てられた牛や乳製品のこと。配合飼料を与えないのが基本です。
「一般的な農家さんは、乳量ピーク時には10kg以上の配合飼料など、草以外の輸入穀類を与えています。配合飼料は栄養価も高く乳量も増えますし、栄養成分も必要以上に増加しますが、飼料はアメリカなどの外国産のため遺伝子組み換えされた穀類がほとんどです。さらに、船便による輸入のため、防カビ剤を含むポストハーベスト農薬がかけられています。
山本牧場は、あくまで 『牛は草で育てる』ことにこだわり、開業時一日8kg(乳量ピーク時)給与していた穀類を年々減らし続けました。最終的な配合ゼロを目指し、2010年春、ついに無配合飼育になりました」
「養老牛放牧牛乳(WILD MILK)」は、注文から3ヶ月待ちもあるとホームページに記載があります。
「自然繁殖でやると、どうしても一定時期に分娩が集中します。栄養価が高いのは、放牧したての時期なんですよ。それは春先なんですが、種付けが集中するので、生まれる時期もだいたい同じになって…もう大変です!
生まれたばかりの牛が多い月は、たくさん乳も出ます。逆に真冬から春にかけては、1番乳が出ない。その差があまりにも激しいので、今だったら3ヶ月待ちぐらいになってしまいます。5月ぐらいになると、1日だいたい300kgぐらいで問題なく出荷できます」
養老牛放牧牛乳 1本: 1,700円(税込)
左)秋・冬・春の赤ラベル 右)夏の緑ラベル
秋から冬、春先の牛乳はコクがあり、夏はサッパリとした味わい。牛と牧草の状態など、季節に合わせた変化は自然のことです。
「山本牧場はその牛が自分の子供に与えるための自然の生理として出す程度の『おっぱい』で十分だと考えています。できあがる牛乳には、不自然な脂肪臭さがなく、こくがあるのにすっきりした草の香りを感じる自然な風味が生まれますね。牛乳は本当に個性的なもので、餌の違いや育て方で風味が異なってくることを多くの方々に感じていただきたいのです」
生乳の持つ風味と栄養を損なうことのない低温殺菌製法。また、ノンホモの均一化処理をしていない自然のままの牛乳は、“牛乳のコク“をそのまま味わうことができ、飲むとお腹の調子が悪くなる人にも安心です。たんぱく質、ビタミンA、ビタミンB2、オメガ3脂肪酸も豊富。
ノンホモ牛乳ならではのクリームライン
そして、山本牧場のオーガニックを実践する経営が、世界規模のサステナビリティにも貢献しています!
「外国産の飼料と化学肥料の原料は、ほぼ全量が海外からの輸入です。じつは牛乳ほどフードマイレージ※の高い食品は少ない。『養老牛放牧牛乳』が極端にフードマイレージの低い牛乳として、これからの食品のあるべき姿に一石を投じると確信しています」
※食料の輸送にかかる環境負荷を数値化した指標:フードマイレージ(単位:t・km)=「食料の総輸送量(t)」×「輸送距離(km)」
無農薬・無化学肥料の耕さない牧草地は、二酸化炭素を土壌に定着させることも期待されます。
ソフトクリームカップ:400円(税込)
2015年に牧場内には、ソフトクリームショップ「ミルクレーム」がオープンしました。オリーブオイルをトッピングしたり、アフォガードにしたり、手焼きワッフルコーンも、どれも美味しそう。
※店舗は不定休/10月末頃~翌年GW直前頃まで休業。ホームページでご確認ください。
これからの新たな挑戦をうかがいました。
「農法はさらに進歩させていこうと思っています。あとは、東京の調布に養老牛放牧牛乳のお店があるのですが、お客さんに山本牧場へ来ていただきヨガをする小さなイベントを、今年の5月にやる予定です。地域への貢献と農業に対する理解や観光を広げていく機会になればと思います」
※一般社団法人道東サスティナブル農業推進機構でも今秋イベント開催の予定です
「あのタイミングでBSE問題があったから、生産者としてのこだわりが生まれたと思います。その意味では、感謝しています」と語る山本さん。牛に対する愛情と農業に対する誇り、大地に対する誇り、ものづくりへのこだわり。山本牧場では、それらすべての関係性が循環しているようです。
養老牛放牧牛乳(WILD MILK) 山本牧場 https://wildmilk.jp/
一般社団法人OFJ オーガニックフォーラムジャパンの展示会
オーガニックフードEXPO 2025
会期:4月15日(火)~17日(木)
会場:東京ビッグサイト 東4~6ホール
オーガニックライフスタイルEXPO in 京都*
会期:5月23日(金)・24日(土)
会場:京都市勧業館 みやこメッセ 第2展示場
オーガニックライフスタイルEXPO in 東京*
会期:10月2日(木)~4日(土)
会場:東京都立産業貿易センター 浜松町館
*出展社募集中です
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執筆者:奥田 景子 ライター(エシカルファッション、フェアトレ-ドなど)。福岡県生まれ。文化服装学院スタイリスト科卒業後スタイリスト。以降雑誌を中心にしたスタイリスト。社会的なことに興味を持ち、大学院で環境マネジメントを学ぶ。理学修士を取得。2013年から福岡を拠点に移してライターとして活動中。 |
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